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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)13号 判決 1987年3月25日

原告

日立金属株式会社

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、昭和56年審判第206号事件について、昭和59年12月4日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた判決

1  原告

主文同旨

2  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和51年4月12日にした特許出願(同年特許願第40276号)の分割出願として、昭和52年4月27日、名称を「永久磁石合金」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願した(同年特許願第47951号)が、分割出願としての出願日の遡及が認められず、昭和55年10月27日に拒絶査定がされたので、昭和56年1月6日、これに対し審判の請求をした。特許庁は、これを同年審判第206号事件として審理し、同年8月27日に右出願につき出願公告をした(同年特許出願公告第36858号)が、特許異議の申立があり、昭和59年12月4日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月26日、原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲

その組成が、重量比でR(RはY、ミツシユメタルを含む1種又は2種以上の希土類元素):20~45%、炭素C:0.005~1.0%、残部がCoおよびCoの一部を1種以上のFe、Cu、Ni、Mn等遷移金属元素と置換したR―Co系磁石焼結体において、上記遷移金属の一部をさらにZr、Hf、Nb、Ta、V、Ti、Si、Moの各種元素のうち、1種以上の元素と置換し、R2Co17金属間化合物を主体とすることを特徴とする永久磁石合金。

3  審決の理由の要点

1 本願発明の要旨は、前項の特許請求の範囲に記載されたとおりである。

2 本願はその出願日の遡及が認められないから本願出願前頒布された刊行物となる公開日昭和52年1月27日の特開昭52―11121号公報(以下、「第1引用例」という。)には、「希土類元素RとCo或はCo、Feとから実質的になり、R対Co、或はCo、Feのモル比率は1:5ないし1:8.5であるRCo型磁石材料において、Co或はCo、Feの一部を0.5ないし6重量%のV及び7ないし19重量%のCuで置換したことを特徴とする磁石材料」について記載され、その第1、第2表には、Rが本願発明におけるRの重量比の範囲内にある試料の組成例が示されている。

また、特公昭48―370号公報(以下、「第2引用例」という。)には、「金属間化合物RCo5あるいは、R2Co17などRとCoの金属間化合物(以下RCoと称す)は結晶磁気異方性が非常に大きいことから、これを微粒子にして用いると高い保持力の永久磁石を作り出せることが知られている。本発明はこの希土類金属RとCoからなる永久磁石の製造を容易にし、特性を改良する方法に関するものである。」(1欄19ないし27行)、(ロ)「粉末にバインダーを混合する際に、あるいは成形後バインダーを含浸する場合には、粉末のみにフッ素樹脂、チッ化硼素、2硫化モリブデン、炭素、ステアリン酸又はステアリン酸亜鉛、などの金属塩などの低摩擦材料の粉末、特に5μ以下の微粉末を微量に加えてからプレス成形を行えば密度の向上が著しく、磁石性能の向上が期待できることを見いだした。しかもある程度の高圧成形をするにも拘わらず、加圧後の抜加工が容易であり、型の損耗も非常に少ない。この場合その添加量が多くなると、磁石性能に与える悪影響もあり、おのずから最適添加量がある。発明者は各々の添加物について実験により添加量と密度、磁石性能に与える影響について調査した結果、成形前バインダーとともに混合する場合はバインダーの1Vol%~30Vol%、また粉末のまま成形する場合はRCo粉末の0.1Vol%~5Vol%が適当であることを確認した。」(2欄12ないし29行)、(ハ)「添加量の下限は効果の現出する最低の量であり、また上限はまだ成形を容易にし、密度を上昇するには効果があるが、それだけRCoの含有量が低下し、従つて磁石特性においてもはやその効果が認められなくなる最大量を定めたものである。」(2欄34行ないし3欄2行)、(ニ)「次に実施例2として炭素を加えた例について述べると、実施例1と同様SmCo5粉末にエポキシ樹脂とこれの7Vol%に当たる炭素微粉末(1.5~2.0μ)を加えて、磁場中プレスにより金型成形して焼成後、炭素を加えない同条件による成形品と比較したところ、密度(比重)で約4.5%、磁石特性では残留磁束密度で250G(約4%)、保持力が200Oe(bHc)(約5%)上昇した。」(3欄23ないし31行)と記載されている。

3 そこで、本願発明と第1、第2引用例の記載事項を比較検討する。

本願発明と第1引用例の記載事項の比較においては、本願発明の置換元素のCu、Vを選択した場合には、炭素の添加を除けば、第1引用例の記載事項と一致する。

そこで、本願発明における炭素の添加について第2引用例の記載事項を参考にして検討する。第2引用例の右(イ)、(ロ)には、R2Co17金属間化合物に炭素を添加する旨が記載されていると認められる。そして、その添加量もRCo粉末の0.1Vol%~5Vol%(0.026~1.374wt%と認められる。)であり、本願発明における炭素の添加量の範囲と重複し、また、第2引用例の右(ハ)を参酌しても、本願発明において炭素の添加量を0.005~1.0%のように特定することは当業者であれば適宜なしうる程度のことと認められる。

そして、炭素の添加における目的、効果については、本願発明においては保磁力の向上であり、第2引用例においては、その(ロ)、(ニ)より明らかなように、密度、残留磁束密度、保持力(保磁力)の向上であつて、両者は保磁力の向上について重複する。ただし、右(ニ)において炭素が樹脂とともに加えられているが、第2引用例の他の実施例(実施例1、3、4、5)を参酌しても明らかなように、樹脂はバインダーとして加えられているものと認められ、炭素と共存して保磁力の向上に寄与するために添加されるものとは認められない。このように、R2Co17金属間化合物に炭素を保磁力の向上のために、本願発明における添加量と重複する範囲で添加する旨が第2引用例に記載されている以上、第1引用例に示されるような本願発明の炭素を除く成分組成に、保磁力の向上のため、本願発明で特定される範囲で炭素を添加することは、当業者であれば容易に想到しうることと認められる。そして、その効果も第2引用例のものと類似のものと認められる。

4  したがつて、本願発明は、第1、第2引用例の記載事項に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められるので、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1、2は認める。同3のうち、本願発明と第1引用例の記載事項との一致点と相違点並びに第2引用例の磁石における炭素の添加量及び第2引用例において樹脂がバインダーとして加えられているとの認定は認めるが、その余は否認する。同4は争う。

審決は、本願発明と第2引用例の磁石とが炭素添加の作用効果に関し相違することを看過し、誤つた結論に至つたものであり、違法として取り消されなくてはならない。

1 本願発明の磁石は焼結磁石であり、焼結磁石にあつては、炭素は焼結により磁石合金と反応しているので、永久磁石合金自体の磁気特性が変化している。磁気特性の変化のうち、特に固有保磁力(iHc)の向上が重要であり、本願発明の磁石においては、本願明細書の各実施例から明らかなように、炭素の添加により、固有保磁力(iHc)が向上し、これにつれて保磁力(bHc)が向上しているが、残留磁束密度(Br)はほとんど変化していない。

一方、第2引用例の磁石はRCo金属間化合物の微粒子とエポキシ樹脂等のバインダーと低摩擦材料とからなるプラスチック磁石である。第2引用例のプラスチック磁石において、炭素は密度(充填度)を向上させる低摩擦材料として添加されている。すなわち、プラスチック磁石の成形温度は、焼結温度(1000度C以上)と比較するとはるかに低く、炭素はRCo金属間化合物の微粉末と反応していない。

しかし、プラスチック磁石の残留磁石密度(Br)は磁粉密度と共に向上するので、第2引用例のプラスチック磁石の残留磁束密度(Br)は向上し、これにつれて保磁力(bHc)が向上している。一方、固有保磁力(iHc)については、磁石合金の組成に依存するが磁粉の充填率には依存しないので、低摩擦材料である炭素の添加によつてはほとんど変化していない。このことは、希土類コバルト系プラスチック磁石等について経験的に確認されている(甲第11、第12号証参照)。

2 磁石の残留磁束密度(Br)、保磁力(bHc)及び固有保磁力(iHc)の関係については理論的に解明されている(甲第14、第15号証)。すなわち、固有保磁力(iHc)が増減すると、残留磁束密度(Br)が一定であつても、保磁力(bHc)も増減する。一方、固有保磁力(iHc)が一定として、残留磁束密度(Br)が増減すると、これにつれて保磁力(bHc)も増減する。

このことから明らかなように、炭素の添加による残留磁束密度(Br)、固有保磁力(iHc)、及び保磁力(bHc)の変化の様子については、本願発明の焼結磁石と第2引用例のプラスチック磁石とでは全く相違する。

審決が、「両者は保磁力の向上について重複する」と述べているのは、被告も認めるとおり、保磁力(bHc)についてである。しかし、保磁力(bHc)が同じように向上するからといつて、残留磁束密度(Br)や固有保磁力(iHc)に対する炭素添加の作用効果が同じであるというのは、明らかに誤りである。

3 右に述べたとおり、本願発明の焼結磁石と第2引用例のプラスチック磁石とでは炭素添加の作用効果が異なるので、これらの相違点を看過して、「本願発明で特定される範囲で炭素を添加することは当業者であれば容易に想到しうる」、「その効果も第2引用例のものと類似のものと認められる」とする審決の判断は誤りである。

第3請求の原因に対する認否、反論

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4の主張は争う。

2  審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1 請求の原因4 1について

本願発明の磁石が焼結磁石であり、第2引用例の磁石がプラスチック磁石であることは認めるが、第2引用例の磁石において固有保磁力(iHc)が変化していないことは否認する。また、本願発明の磁石で磁気特性を変化させているという成形体中で残留炭素と希土類元素とが反応してカーバイドを形成するという現象は、本願出願前公知の事項であつて、特に真新らしいことではない(乙第3号証3頁右下欄9ないし12行)。

原告は、本願発明の磁石の炭素添加による磁気特性の変化は炭素の焼結による反応のみによるように主張するが、本願発明の磁石のようなプラスチックバインダーを使用しない焼結磁石についても、ステアリン酸等の炭素系低摩擦剤を加えることにより、成形密度、ひいては残留磁束密度(Br)が向上し、第2引用例の磁石の成形における炭素添加の場合と同様の効果が生じている(乙第1号証2頁上左欄1ないし10行)。そして、ステアリン酸と炭素は、第2引用例の記載から明らかなように、低摩擦剤として同等の効果を奏する均等物であると解される。してみると、炭素の添加の作用効果については、少なくとも成形密度、ひいては残留磁束密度の向上の点で焼結磁石とプラスチック磁石の間に共通するものがあると解され、全く異なるものではない。

甲第11、第12号証の文献は本願出願後公知となつた刊行物である。また、右各文献には、炭素の添加されていないプラスチック磁石につき、その固有保磁力(iHc)が磁石の成分の配合比率、粒度に関係なく一定であることは示されているとしても、炭素の添加されている第2引用例のようなプラスチック磁石についての記載はない。

2 同4 2、3について

本願発明の磁石と第2引用例の磁石とが保磁力の向上について重複すると審決が述べているのは、保磁力(bHc)についてである。

本願発明の磁石と第2引用例の磁石を対比すると、前者がバインダーなしで成形し固化は焼結によつているのに対し、後者が成形においてバインダーを使用し固化においてこのバインダーを利用している点で相違し、それ故に、バインダーを使用するプラスチック磁石は、密度が焼結磁石より劣るものであるが、両者ともRCo系の永久磁石である点で全く異なる型の磁石ではない。そして、1に述べたように、本願発明のような焼結磁石についても密度が向上し、ひいては残留磁束密度(Br)が向上するという事実が公知であり、また、第2引用例の磁石において炭素添加によつて固有保磁力(iHc)が変化していないという証拠がない以上、炭素添加の効果について、両者が固有保磁力(iHc)及び残留磁束密度(Br)に関して全く相違しているとはいえない。

したがつて、審決が炭素添加の作用効果について考慮を怠つているということはできず、審決の認定判断に誤りはない。

第4証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実及び本願発明の要旨、第1、第2引用例の記載事項、本願発明と第1引用例の記載事項との一致点と相違点及び第2引用例の炭素の添加量が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1 本願発明の要旨が前示当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲に記載されたとおりの組成を有する永久磁石合金(以下「磁石」と略称する。)であり、本願発明の磁石が焼結磁石であることは、当事者間に争いがない。

右の組成から明らかなように本願発明の磁石には重量比で0.005~1.0%の炭素が含有されているが、この炭素添加の意義につき、原本の存在及び成立に争いのない甲第6号証の1・2によれば、本願明細書の発明の詳細な説明中に次のように説明されていることが認められる。

「R―Co系永久磁石は、主として溶解→粉砕→プレス成型→焼結→熱処理の工程を経て作られるが、粉砕時にC粉末を添加すると、このC粉末は十分混合され、焼結時にほぼ均一に分散され、焼結温度からの急冷により、その均一性が保たれる。この微細に分散されたCが成分元素と結合して炭化物を形成し、この成分元素のカーバイドが磁壁移動を阻止するピンニングサイトのような作用をおよぼし、保磁力を向上させると考えられる。Cの含有量が少量の場合は均一に分散された微細な成分元素のカーバイドが形成されるが、Cが1.0%以上の場合には、ピンニングサイトとして働きうる大きさを超えた大きなカーバイドが形成されうるために、飽和磁束密度が減少するのみでなく、高保磁力も達成できない。このような理由からCの成分範囲は0.005~1.0%が望ましい。Cの含有量が0.05%以下の場合はカーバイドの生成がほとんどなく、C添加の効果が見られない。」(甲第6号証の1の2欄16ないし34行)

また、同号証により認められる右発明の詳細な説明中に示されている実施例1ないし8の記載によると、本願発明の実施品である炭素を含有した磁石と炭素を全く含有しないことを除いて組成を同一とした磁石との間には、磁気特性において、前者が後者に比し、固有保磁力(iHc)が最小4.3%(例8)から最大82.9%(例2)といずれも増加し、保磁力(bHc)が、例4を除いて、最小3.1%(例8)から最大79.4%(例2)と増加しているのに対し、残留磁束密度(Br)は変化しないもの2例(例1、2)、0.4%から0.9%増加しているもの5例(例3、4、5、7、8)、2.9%増加しているもの1例(例6)であり、全体の傾向として、固有保磁力(iHc)、保磁力(bHc)が増加しているのに対し、残留磁束密度(Br)の増加は僅かであり実質的に変化していないことが認められる。

2 一方、第2引用例に審決認定の記載事項があること、第2引用例の磁石がプラスチック磁石であること及びその炭素の添加量が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

原本の存在及び成立に争いのない甲第8号証によれば、第2引用例の発明の詳細な説明中には、炭素等の低摩擦材料を添加する意義について、「希土類金属、Co系永久磁石はRCoの大きい結晶異方性を充分に発揮せしめるため、冶金的あるいはその他の方法によつて作られたRCo金属間化合物の塊を微粒子に粉砕して、これを磁界中で磁区の方向を揃えて圧縮成形し、適当なバインダーを用いて固める工程により作られる。この際、例えば有機物バインダーとして金属と非常に接着力の大きいエポキシ系樹脂などを用いあらかじめRCoの微粉末と混合しておいてプレス成形する方法又は、粉末をプレス成形後バインダーを含浸させる方法とがあるが、いずれにしてもこのプレス成形する際の磁区の方向の揃い具合と成形品の密度(充填率)が大きく磁石性能に影響する。」(同号証1欄28行ないし2欄4行)、「本発明者らはプレス成形品の密度を向上するために別に微量の添加物を加えることを考えた。即ち」(同2欄10ないし12行)として審決認定の(ロ)の記載が続き、次に、「これによつてむやみに圧力を加えて成形し型寿命を損つたり、また複雑な操作を繰り返す必要もなく、工業的に生産性のよい製造方法で密度(充填率)を向上し、磁石性能を改善することを可能にした。」(同2欄30ないし34行)と記載されていることが認められる。

また、同号証により認められる右発明の詳細な説明中に示されている実施例1ないし5の記載によると、チッ化硼素、炭素、2硫化モリブデン、ステアリン酸亜鉛をそれぞれ加えた磁石とこれを加えないことを除いて組成を同一とした磁石との間には、密度(比重)において、前者が後者に比し、約4.5%ないし6%増加し(実施例2の炭素の場合4.5%)、磁気特性において、前者が後者に比し、残留磁束密度(Br)が最小4%(実施例2の炭素の場合)から最大8%(実施例1)と増加していること、保磁力(bHc)が炭素を加えた場合(実施例2)5%、ステアリン酸亜鉛を加えた場合(実施例5)4%(250Oe増加して6450Oeとなる。)と各増加していることが認められる。

そうとすると、第2引用例の磁石においては、全体の傾向として、密度(比重)、保磁力(bHc)、残留磁束密度(Br)が増加しているということができる。しかし、固有保磁力(iHc)については、第2引用例に言及がないことは前示甲号証により明らかであり、他に第2引用例の磁石においてこれが増加していると認めるに足りる証拠はない。

3  右1、2の事実によると、本願発明の磁石と第2引用例の磁石とにおいて、炭素の添加量の範囲が重複するとはいえ、炭素の添加目的及びその作用効果において本質的に異なることが明らかである。すなわち、本願発明においては、炭素を他の成分元素と結合させてカーバイドを生成するという化学的変化によつて磁気特性を向上させることを目的とし、残留磁束密度(Br)の実質的変化なしに、その固有保磁力(iHc)を向上させて保磁力(bHc)を向上させる効果を奏するものであるのに対し、第2引用例においては、炭素を低摩擦材料として添加し、これによつて磁石の密度(充填率)を向上させるという物理的変化によつて磁気特性を向上させることを目的とし、残留磁束密度(Br)を向上させて保磁力(bHc)を向上させる効果を奏するものであつて、両者は、保磁力(bHc)の向上という結果において重複するとしても、その原因において異なるものであることが明らかである。

審決が「両者は保磁力の向上において重複する」と述べているのは、固有保磁力(iHc)ではなく保磁力(bHc)についてであることは被告の自認するところであり、審決のこの判断が保磁力(bHc)に寄与する炭素添加の目的及び作用効果における前叙の相違点を検討した上での判断でないことは、前示当事者間に争いのない審決の理由の内容に照らし明らかといわなければならない。

そして、本願発明のようなRCo系磁石焼結体からなる磁石において、一定量の炭素を添加することにより残留磁束密度(Br)は実質的に変化しないが固有保磁力(iHc)、保磁力(bHc)が向上するということが本願出願前周知であつた事実は、本件証拠上これを認めることができない。

そうとすれば、前示当事者間に争いのない第1引用例の記載事項と炭素添加の目的、作用効果が異なる第2引用例の記載事項とにより当業者が本願発明に容易に想到できるとは到底いうことができないから、審決の判断は誤りといわなければならない。

仮に被告主張のように、本願発明の磁石のような焼結磁石においてもステアリン酸等の炭素系低摩擦剤を加えることにより、密度(充填率)ひいては残留磁束密度(Br)が向上することがあるとしても、それは、本願発明における炭素添加の作用効果とは別異の作用効果であることは前叙のとおりであるから、右の点は前示判断を覆えすに足りる理由とはならない。その他被告の主張が採用できないことは右に述べたところから明らかといわなければならず、審決は違法として取消を免れない。

3  よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 牧野利秋 清野寛甫)

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